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「ナニコレ」を楽しむ力が、知性を連れてくる——『こどもアート脳科学』を読んで

こども向けに書かれた本は、ときどき大人にいちばん効きます。中野信子さんの『こどもアート脳科学』もその一冊でした。漢字にはふりがなが添えられ、むずかしい言い回しがなく、読みながら自然と肩の力が抜けていきます。専門家が専門書とは別に、入口の本をていねいに書いてくれること。そのありがたさを改めて感じました。

この本がやさしいのは、語り口だけではありません。考え方そのものが、私の中の古い思い込みをやわらかくほぐしてくれました。世間にはいまも「科学=役に立つもの」「アート=役に立たないもの」という分け方が残っていますし、長い教育の中で私にもその癖が根づいていました。でも中野さんは、科学とアートは並べて考えられると言います。わからないものと出会ったときに「ナニコレ」と面白がる姿勢が、知性のスイッチになる。すぐに答えを求めず、少し眺めてみる。その時間に、見える世界の解像度が上がっていく感じがありました。

アートに触れると、ものさしの数が増えます。色や形のわかりやすい美しさだけでなく、手触りや余白、全体としての呼吸のようなものを受け取ろうとする自分に気づきます。ひとつの基準だけで結果に一喜一憂するのは、やっぱり窮屈でした。記憶や知識を速く正確に積むことは、AIがどんどん得意になる領域です。人間に残る強みは、違いを見つけて味わい、いろいろな「美しい」を受け止めること。その感性は一晩では育たず、時間をかけて少しずつ厚みを帯びます。急がず、でも忘れず——その歩幅が心地よい。

もう一つ印象に残ったのは、「人間は生き延びるために物語をつくってきた」という視点です。大きな災害や困難の時代、人は神話や昔話を語り継いできました。言い換えれば、私たちは上手に“つじつま”を合わせながら暮らす生き物。複数の社会を行き来し、それぞれの場所で少しずつ違う自分を形づくる。だから「本当の自分」は一枚ではなく、いくつかのレイヤーでできている——その言い方に救われます。物語や、場合によっては小さな嘘が、私たちを守ってきたのだと思います。

理論についての指摘も、静かに効きました。筋道を立てて考える力は心強い武器ですが、理論にぴったり合わない現実はたしかに存在します。アート思考に触れると、いま自分が見ているものが世界のすべてではないと自然に思い出せます。隣にいる人は、同じ景色を見ているようで、少し違う世界を見ているかもしれない。その当たり前を体で理解できるのが、アートのよさでした。

「いやな気持ち」をどう扱うかについての説明も、やさしかった。脳科学から見れば、それは危険を避けるためのごく普通の反応。無理に押し流すのではなく、名前をつけてそばに置く。そうするだけで、日々のざらつきがすこしなめらかになります。

読み終えて、こども向けの言葉で書かれた本が、大人の理解を深くすることはたしかにあると実感しました。中野さんの本はこれまでもよく読んできましたが、今回も新しい扉が増えた感覚があります。次に美術館へ行ったら、まずは一つだけ「ナニコレ」をメモしてみようと思います。うまく言語化できなくても構わない。そうして増えていく小さなメモの束が、いつか私のものさしをもう少し豊かにしてくれるはずです。

最後に、この本への単純な感謝を。ふりがなとやさしい文で、世界をもう一度ひらいてくれてありがとう。大人になってから学び直すとき、こういう声の高さと速度がちょうどいいのだとわかりました。ゆっくり、でも確かに前に進める読み心地でした。

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