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AIと老後は“図々しく”ご機嫌に――和田秀樹『AIを賢く利用して老後を図々しく生きる』を読んで

この本を閉じて最初に浮かんだ言葉は、「未来の私、思ったよりしぶとくて上機嫌」でした。AIが老後の私を救う――そんな予感が、静かに、しかし確かに体温を上げてくれます。著者が示す「AIはアシスタント、ITは道具」という区別は痛快です。金槌は黙っていますが、優秀なアシスタントは段取りを考え、こちらの手元を見て気の利いた一言を添える。老後に必要なのは、道具の数より“口のうまい相棒”なのだと腑に落ちました。

「図々しく生きる」という合言葉も心地よい挑発です。若い頃の遠慮は礼儀でも、老後の遠慮は機会損失。AIという相棒がいるなら、こちらも図々しく頼めばいい。買い物の段取り、病院や役所の手続き、旅行の下調べ、趣味の学び直し――「ちょっと頼むよ」と肩を叩けば、文句も言わずに働き、残業代もいらない。しかも忘れません。人間の記憶は気分に左右されますが、AIは気分屋ではないところが実に頼もしいのです。

不安との付き合い方についても、私は目からウロコでした。老後の不安は厄介者ではなく、行動に変換できるエネルギー源。予定や薬の管理をAIに渡し、私は「忘れても大丈夫」という安心を手に入れる。世間の「健康寿命」に振り回される焦りも、日々の小さな達成をAIと記録すれば、「ご機嫌寿命」を延ばす遊びに変わります。縮むべきは寿命ではなく、眉間のしわ。AIは皺寄せを笑いに変える潤滑油です。

ここで私の古い旅の話をひとつ。デンマークに行ったのは二十年前、駐日デンマーク大使館主催のデンマークデザイン視察で、10日間の滞在でした。10日間のあいだ、飾らない町並みのシンプルさから、家具の角の“丸め”に至るまで、穏やかな機能美に何度も度肝を抜かれたのを覚えています。親近感が芽生えたのは、優しさが仕組みとしてそこかしこに埋め込まれていたからでしょう。迷わないサイン、立ち止まりやすいベンチ、誰にでも解ける手順。もしあの時いまのAIが手元にあったら、私は地図に迷わず、ひらめきをその場で言語化できて、帰国後のメモはもっと気の利いた“旅行記”になっていたはずです。二十年前に受けたカルチャーショックは、いま読んでいるこの本と地続きでした。やさしさを設計する文化と、AIという気の利いたアシスタントは、同じ方向を向いているのです。

「AIに任せるとボケる」という心配には、思わず苦笑いしてしまいます。むしろ逆で、AIが段取りを引き受けるから、私は“おもしろがる係”に専念できる。昔あきらめた語学、写真、楽器、ちょい働き――やってみたいことが再びテーブルに戻ってきます。楽しみの数は、そのまま前頭葉へのチップ。退屈が脳の敵なら、AIは抗退屈薬のジェネリックです。副作用は、少しだけ自慢っぽくなることくらいでしょうか。

人づきあいについても、私は肩の力が抜けました。「居場所や友達づくり」を義務にしない。ひとりは不安の別名ではなく、自由の別名。静かな午後にAIへ声をかければ、博識の友人が隣に座るし、レシピを尋ねれば台所にシェフが現れます。もちろん人間関係を減らす話ではありません。人に頼る前にAIに当たる“前哨戦”があるだけで、世界はずいぶん歩きやすくなるのです。

そして私は密かに野望も育てています。ChatGPTに日々の考えや好みを預け続け、私の“コピー脳”を育てる計画です。いつか人型ロボットが来たなら、そこに私の癖を丸ごと入れて、将来動けなくなった私を私が介護する。夢物語? 上等です。現実的には“妻のコピー脳”を搭載したほうが安全かもしれません。自分のコピーだと甘やかしてくれそうですが、妻版はきっと無駄な課金を止め、夜更かしを諫め、冷蔵庫のプラ容器をきちんと角に揃えるはず。家庭内コンプライアンスは強いほど平和です。

結局のところ、老後に必要なのは完璧な健康でも立派な肩書でもありません。「今日の私を、少し楽に少し面白く」する小さな実験を、図々しく積み重ねる習慣です。終活より今活。AIという相棒と並んで歩けば、長生きは消化試合ではなく、延長戦の逆転劇になる。二十年前のデンマークで味わった“やさしさの設計”に背中を押されながら、私はこれからの日本でも同じ空気を育てたい。そう思えた時点で、すでに試合は半分勝っています。

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