私たちは“正しく毒を食べる”ことができるか?──『食欲人』が教えてくれた食のリアル
『食欲人』というちょっと風変わりなタイトルのこの本。読み進めるうちに「食欲って、こんなにも科学的に語れるのか」と驚かされっぱなしでした。冒頭から「1キロカロリーは、水1リットルの温度を1℃上げるのに必要な熱量」と説明され、「そんな単位で食事を考えてるのか」と笑ってしまったのを覚えています。
この本の面白いところは、食べ物の話がいきなり“バッタ”から始まるところ。炭水化物だけ与えたバッタが太ったとか、ゴキブリが段ボールから栄養を摂るとか、「えっ、そこから人間の食欲を考えるの?」と、いい意味で裏切られました。でも読み進めていくと、どの生き物にも“食欲”という本能的な力があり、それがいかに環境や進化と結びついているかが次々に語られていきます。
とくに興味深かったのが「人間の食欲には五つの欲(タンパク質・炭水化物・脂肪・ナトリウム・カルシウム)がある」という話。それらのバランスが取れて初めて脳に“満腹信号”が届くけれど、そのタイムラグのせいでつい食べすぎてしまう。つまり、僕らが「食べすぎちゃった…」と思うのも、ある意味で身体の構造によるものだとわかって、ちょっと救われた気もしました。
そして中盤からの“超加工食品”の話には、正直ぞっとしました。僕たちが普段口にしているチョコレートやアイスクリーム、シリアル、スナック菓子…そういったものの多くに、実はペンキやシャンプー、プラスチックと同じ原油由来の成分が使われているという事実。さらにそれらは、保存やコスト削減のために意図的に加工され、しかも“また食べたくなるように”タンパク質を減らして設計されている、と。
怖いのは、それらの食品が「身体に良い」と誤解させるようなラベルや広告で売られていること。緑色のパッケージ、果物のイラスト、フルーツグミ、果糖入り飲料…どれも「自然でヘルシー」と錯覚しがち。でも、これは全部“食欲を刺激するための演出”なんだと知って、僕たちは本当に巧みに“食べさせられている”のだと実感しました。
中でも印象的だったのは、「世界の食品市場はたった9社の多国籍企業が牛耳っている」という事実。その企業が巨額の広告費を使って、特に“子どもの味覚”にマーケティングをかけている。子どもが好む味は一生引きずる。つまり、子どものうちに“加工食品好き”にしておけば、一生その企業の顧客になる。そう考えると、自分の子どもや孫にまで影響する話で、笑えないなと思いました。
読み終えたあと、僕はふとこう思いました。
「これはもう、“正しく毒を食べる”という姿勢が必要なんじゃないか」と。
これは著者の言葉ではありません。でも、食べ物の裏側にある仕組みや戦略を知った今、怖がるだけではなく、うまく付き合っていく視点が必要だと感じたのです。
僕もポテトチップスもコーラも好きだし、これからも食べるでしょう。でも、テレビCMやSNSの食レポに流されるのではなく、「何を食べるか」を自分で判断する意識を持ちたい。そんな風に思えたことが、自分にとっての一番の収穫だったかもしれません。
本の終盤では「自分で料理をすること」の大切さにも触れられていて、普段、妻がすべて作ってくれている僕はドキッとしました。感謝しながらも、食材を自分で選んでみたり、たまには何か一品つくってみたり。そういう“小さな参加”が、自分自身の食欲や嗜好と向き合うきっかけになるのかもしれません。
そして読後、さらにもう一つの思いが浮かびました。
「こう思う自分こそ、すでに“毒”にマインドコントロールされているのかもしれない」と。
だって、美味しいものの魅力からは、やっぱりどうしても逃れられないから。
それでも、知って選ぶ。正しく恐れて、ほどよく楽しむ。
それが僕にとっての、“食”とのこれからの付き合い方になりそうです。

