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移動とは、自由を取り戻す環境設計だ

『移動する人はうまくいく』(長倉顕太 著)を読んで、いちばん刺さったのは「行動は意思の力だけじゃ変えられない」という前提でした。人は、意思→行動ではなく、環境→感情→行動の順で動いてしまう。だから「やる気を出そう」と気合いを入れても空回りしやすいし、逆に言えば、環境を少しズラすだけで行動は意外と変わる。最初からその視点で話が進むのが、この本の面白さだと思いました。

そしてテーマである「移動」。人間って、ラクになればなるほど定住したくなる生き物です。慣れた場所、同じ人間関係、いつものルーティン。確かに安心はある。でも定住が進むと、領土や所有の概念が強くなり、農耕の広がりとともに納税や組織のヒエラルキーが生まれ、主人と奴隷のような関係が固定化していく——本書のこの見方は刺激的だけれど、妙に腑に落ちました。現代に置き換えれば、資本家と労働者、得をする側と損をする側、といった構造が見え隠れする。定住が進むほど「考えなくても生きられる仕組み」は整う一方で、「自分の頭で考える力」は退化しやすい。だからこそ、移動が必要になる、という論理です。

ただ、ここでいう移動は「旅行しよう」「引っ越そう」という話だけではないと、私は受け取りました。今の時代、物理的な移動手段だけじゃなく、空間的・情報的な移動がいくらでもある。例えばYouTubeで、普段なら会えない人の思考に触れる。オンラインで、知らないコミュニティの空気に身を置く。本を読むのも、まさに移動だと思うんです。ページをめくるたびに、自分の常識が置いていかれて、別の視点に連れていかれる。読書が「移動力」になる、という感覚はすごく共感しました。

「8割の人が同じことをしている時代に、2割側へ行くにはどうするか」。結局これは、才能よりも環境設計の話なんだろうと思います。同じ場所に居続けると、心も体も病みやすい。天候や季節を変えるだけでも人は回復するし、視野も変わる。コロナの話も印象的でした。人口が密集し、不潔さが継続しやすい定住地は、病気にとって理想の温床になりやすい。一方で移動する民族は小集団で散らばっていたから、大流行になりにくかった——この視点で見ると、「家にいましょう」が唯一の正解だったのか?と考えたくなる。密集から離れる方向へ“移る”ことも、本当は選択肢だったのかもしれない。移動できないこと自体が、不幸の種になる。そんな問いが残りました。

さらに刺さったのは、「欲しい」「やりたい」というセンサーが壊れがちな時代、という感覚です。ずっと同じ環境にいると、好き嫌いすら曖昧になって、望む力が弱っていく。だからこそ、移動で刺激を入れる必要がある。ここで私が大事だと思ったのは、アウトプットです。今は個人でも発信できる時代で、しかもChatGPTのような道具があれば、思考を言語化する筋トレができる。私は毎日本を読み、noteに感想を書くようにしていますが、これは「自分の頭で考える」環境を自分で作っている行為なんだと、あらためて思いました。

もう一つ、面白かったのが「年下の知人を積極的につくる」という発想です。新しい人間関係は、経験の有無を超えて、新しい経験を連れてくる。離れた人とも意思疎通ができる時代だからこそ、価値観が狭くならず、世界が広がっていく。これも立派な“移動”だと思う。身体を動かす移動だけじゃなく、情報・人・思考が動く場所へ、自分を連れていく。

そして最後に、自分の言葉をもう一段深くするとこうなります。
私も、移動を「気分が乗ったらやること」ではなく「自由を回復するための仕組み」にしたい。
物理の移動なら、月に一度は“初めて”を入れる。初めての店、初めての道、初めての展示、初めて会う人。大きな旅じゃなくていい。小さくズラすだけで、感情が変わり、行動が変わる。
情報の移動なら、同じ意見が流れ続ける場所から少し離れて、意識的に「違う速度」「違う価値観」「違う世代」に触れる。年下の知人を増やすのも、そのための具体策だと思う。
そして、その移動で得たものを必ずアウトプットして定着させる。言葉にした瞬間、ただの刺激が、自分の考えに変わる。
移動とは、遠くへ行くことじゃない。環境を更新し続けて、思考のセンサーを修理し続けること。そうやって私は、自分の自由を少しずつ取り戻していきたいと思います。

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