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「認知症は“理解”から始まる旅だった」

「認知症、世界の歩き方、実践編」(筧裕介 著)は、認知症を“遠い話”ではなく、誰もが迷い込みうる世界として、やさしく案内してくれる本だった。イラストやストーリーの力で、「そういう見え方になるのか」「そういう感じ方になるのか」と、頭だけじゃなく感覚で理解できる。読んでいて、どこか他人事ではなく、ふっと「自分も似た旅をしている時があるな」と思った。

冒頭にある「認知症と共に生きるために必要なのは、対話とデザイン」という言葉が印象に残る。理解できないと、人はつい怒ってしまう。理不尽に見える行動の裏で、本人は「いま自分の頭と体に何が起きているのか」が分からず、必死に辻褄を合わせようとしているのかもしれない。だからこそ、まずは対話で“怖さ”をほどく。そしてデザインで“暮らしの難しさ”を減らす。ここでいうデザインは、見た目を整えるだけじゃない。人間の想像力で環境を整え、社会や地域や生活の課題を、少しでも解ける形にすること——その意味でのデザインだ。

中でも「時間の速度は自由気まま」という話は、なるほどと思った。几帳面に規則正しく生きてきた人ほど、体内時計のズレが生まれた時に、自分のリズムが崩れて苦しくなるのかもしれない。ズレは小さくても、積み重なると“自分が自分でいられない感じ”につながる。そこに不安が増えれば、怒りや混乱として表に出ることもあるだろう。

さらに本を読みながら、今の社会の変化とも重なって見えた。食事ひとつとっても、店員さんを呼んで注文するより、タブレットや自分のスマホで操作する場面が増えた。便利な一方で、変化が急すぎると、そこが“見えない壁”になる人もいる。ついていけないと感じた瞬間から、行動範囲が狭まり、世界がどんどん小さくなる。結果として、現実から少しずつ乖離していく——そんな連鎖が起きても不思議じゃない。

記憶の話も胸に残った。短期記憶が薄くなる一方で、昔の記憶は残りやすい。そして人は、失われた部分を埋めるために創造性で補う。けれど、その創造性が弱まると、霧の中、ホワイトアウトの中で暮らすように、目の前の世界から手がかりが消えてしまう。視界が消えれば、感覚も鈍る。いまメタバースのように、現実とバーチャルが混ざる体験が増えるほど、「いま自分はどこにいる?」という感覚が、誰にとっても起こりうるものになってきた気がした。だからこそ、認知症の世界は“特別な人の話”ではなく、現代を生きる私たち全員のテーマなのかもしれない。

この本を読んで、私は今年「バリアを作らない暮らし方」を意識しようと思った。新しい仕組みを、最初から不親切だと決めつけない。むしろ「人間が考えた面白い仕掛け」として観察してみる。分からないことは聞く。若い人の会話にも耳を澄ませて、今の社会の空気を知る。そうやって世界に近づき続けることが、将来の自分のためにも、誰かと共に生きるためにも、いちばんの準備になる気がした。
(※医療的な話は専門家に任せつつ、ここでは“暮らしの視点”としての感想です。)

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