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レンズが連れていった場所で、縁に出会った!

写真を撮りたい――それだけのはずだった。
けれど気づけば、平日にもかかわらず少林山達磨寺へ向かっていた。
だるまの炎と洞窟の静寂の中で、「足るを知る」という言葉が、あとから静かに腑に落ちていく。
レンズに導かれ、縁に出会った一日の記録。

炎と静寂が導いた「足るを知る」心の旅
正直に言うと、始まりは単純で、「撮りたい」だった。
群馬県高崎市・少林山達磨寺のお焚き上げ。赤いだるまと炎の迫力は、写真を撮る者にとって抗いがたいものがある。

気づけば、平日にもかかわらず、私はそこへ向かっていた。(妻と共に)
けれど後から思うと、撮影以上の何かがあった。
なにか不思議な力に背中を押されたような、あるいは呼吸をするのと同じくらい自然な流れで、そこへ向かっていた――そんな感覚が今も残っている。

火に包まれるだるま供養と心の静けさ
寺院の一角には所狭しと大小様々な達磨が積み上げられ、その前に僧侶たちが静かに立っていた。集まった人々の表情には、新年に古い達磨を手放し感謝を捧げる厳かな緊張感と、祭りを見るような高揚感とが入り交じっている。私も最前列の隅に陣取り、ファインダー越しにその光景を見守った。やがて読経の声が響き始め、境内の空気が一層張りつめていくのを感じる。


読経が始まり、やがて火が入る。 炎が立ち上がり、煙が空へと流れていく。
音、匂い、熱、そのすべてが「今ここ」に意識を引き戻す。
燃えさかる炎を前に、不思議と心が静まっていくのを感じた。最初はその迫力に興奮していたはずの胸の高鳴りが、炎が天に昇るにつれて穏やかさへと変わってゆく。ごうごうと燃える火は、古い達磨と共に人々の一年分の願いや想いも浄化しているかのようだった。私もまた、昨年の心残りや焦りが煙と一緒に空へ溶けていくような開放感を覚える。


達磨供養の炎が激しく燃え上がる。煙にあたれば無病息災ともいわれ、多くの参拝客が手を合わせていた。私もまた、ただ黙って、その場に立っていた。
立ちのぼる火柱を見上げながら、「これで十分ではないか」という声が心の奥から湧き上がった。欲や不安が洗い流され、今あるものだけで満ち足りている……そんな感覚がそっと芽生えていたのである。後に知ったことだが、禅宗には**「足るを知る者は富む」**(足りていることを知る人は本当に豊かだ)という教えがあるという。まさにこのとき私の心に宿り始めたのは、その「足るを知る(知足)」という境地だったのかもしれない。

洞窟観音で出会う静寂と縁
炎の儀式が終わる頃、心は不思議な静けさに包まれていた。達磨供養の現場を後にしつつも、その余韻で足取りは軽い。燃え尽きて灰になった達磨の山を横目に、「ありがとう」と小さく手を合わせて別れを告げた。カメラのメモリーカードには炎の写真が収まっているが、ファインダー越しでは捉えきれない大切な何かが胸に刻まれた気がした。

予定でもう一カ所せっかくここまで来たのでと言う思いで、近くにあると聞いていた「洞窟観音」を訪ねてみることにした。導かれるように、薄暗い洞窟の入口へと入っていく。洞窟内はひんやりと静まり返り、外の喧騒が嘘のようだ。灯籠の淡い光に浮かび上がる無数の観音像が、岩肌に沿ってずらりと並んでいる。私たちの小さな会話の音だけが響く長い石の回廊を進むうち、心の奥底までシンと澄み渡っていくのを感じた。


全長400mを超える人工の洞窟の中に、観音像が39体。静かな暗がりに、ひとつひとつが守るように立っている
薄明かりの中、観音様の前で手を合わせていた。そこで知ったのだが、この洞窟観音は明治の時代に呉服商として成功した 山田徳蔵(1885–1964) が私財を投じ、人々のためにと長年かけて手掘りで造り上げたものだという。
大正8年に着工し、約50年もの歳月をかけて“ほぼ人の手”でつくり上げた。さらに驚いたのは、その山田徳蔵氏が 新潟県柏崎市の出身 だと知ったこと。
遠くへ撮影に来たつもりが、気づけば「自分のルーツ」に触れていた。
こういう偶然って、あとから思い返すほど、じわじわ効いてくる。

洞窟の中でシャッターを切りながら、私はたぶん「撮っている」だけじゃなかった。
暗い空間に刻まれた祈りを、黙って受け取っていた気がする。静かな洞窟に身を置いていると、不思議な縁(えん)で故郷と結ばれたような気持ちになった。考えてみれば、この洞窟観音を作った人々や長年参拝してきた人々の想いと、自分という存在が時空を超えてつながったとも言えるだろう。偶然に導かれた出会いが、実は必然の連なりの中にあったことをしみじみと実感する。燃え盛る炎の後に訪れた静寂の時間は、私の心に過去から未来へと通じる一本の糸を通してくれたようだった。

あの日の経験から『知足たる人生』へ
こうして写真撮影のつもりが始まりだった不思議な旅は、家路につく頃には心に小さな変化をもたらしていた。あの日以来、「足るを知る」という言葉が折に触れて思い浮かぶようになったのだ。実際、後日になって偶然手に取った一冊の本がある。谷崎玄明氏の著書『知足たる人生』である。タイトルに引き寄せられるように読み始めたその本には、知足とは「すでに満たされているということを理解する」ことだと書かれていた。ページをめくるごとに、達磨の炎の前で感じたあの静かな満足感や洞窟で味わった心の連なりが、鮮やかに脳裏によみがえる。文字を追いながら、「そうだ、あの日私は確かに『足りている』ことを知ったのだ」と静かに頷いている自分がいた。

写真に収めた光景と、綴られた言葉が響き合い、私の中でひとつの物語を完成させたように思う。
カメラが導いてくれた偶然の出来事たちが、実は必要な必然だったのだと今では感じている。燃える達磨の炎と洞窟の静寂が教えてくれた「足るを知る」という感覚——それはこれからの人生を支える大切な羅針盤になりそうだ。これからも静かな心で日々の十分さに目を向け、『知足たる人生』を深めていきたい。あの日の小さな旅が与えてくれた気づきを胸に、私はゆっくりと前に進んでいくつもりだ。

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