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体を壊して気づいた。「足るを知る」って、こういうことだった

「知足たる人生・執着を手放して、賢く、シンプルに生きる」谷崎玄明 著を読んで、まず胸に刺さったのは冒頭の禅語「本来無一物」でした。世界にあるものは本来すべて“借りもの”で、だから「自分のもの」と言い張ってしがみつく対象は、本当は一つもない。頭では分かっているつもりでも、日々の暮らしの中では、つい執着を増やしてしまう。その癖を、静かに正してくれる出だしでした。

特に強く共感したのは「健康は最高の利得」という話です。私自身、昨年末に胆嚢摘出手術を経験して、体調が崩れると“本来楽しめたはずの幸せ”まで取り逃がすことを痛感しました。仕事も趣味も、結局は健康という土台があって初めて味わえる。何のためであれ健康を犠牲にするのは、本末転倒どころか、人生の楽しみそのものを削ってしまう行為なのだと、改めて腑に落ちました。

そして健康の次に来るのが「満足」。本書が丁寧に切り分けていたのは、満足(知足)と我慢の違いです。私は「我慢=えらいこと」みたいに思い込みがちでしたが、ここで語られる我慢はむしろ“強がり”に近い。足りないのに「足りてる」と言い聞かせるのは、心に嘘をついている状態で、知足とは別物だという指摘が鋭い。満足と我慢を分けるのは欲望で、欲望が満たされると満足になり、満たされないと我慢になる。だから、ただ耐えるのではなく、欲望との距離感を整えることが要なのだと理解しました。

では欲望はどこから来るのか。答えは「比較」。他人がいるからこそ、焦りも不安も増える。もし世界に自分しかいなければ、多くの悩みは消えてしまうだろう、という言葉には思わず笑ってしまうほど納得しました。さらに、人間は“失うこと”に強く反応する(損失回避)。だからこそ、すでに持っているものを当たり前にしてしまう。健康もまさにそれで、具合が悪い時には切実に願うのに、戻った瞬間に忘れてしまう。だから一度、風邪をひいた時のつらさを思い出せ、という提案が現実的で効きました。

本書の「掃除」の話も印象深いです。目の前の清掃に集中することは、余計な思考や雑音から離れて、今ここに戻る訓練になる。大きな学び以前に、まず掃除から――という姿勢が、知足を“きれいごと”で終わらせない力を持っていました。情報についても同様で、無益な言葉より、心が静まる一言を選べ、と。多弁は伝えたいことを薄める。写真一枚の方が伝わることもある。情報の海に溺れるより、自分の器に合う“湖”を持て、という感覚は、今の時代にこそ必要だと思います。

さらに、人間関係も「数ではなく質」。価値観の合わない関係を増やすほど、心は削られる。打算で結ばれた関係より、自然な信頼でつながる関係を大切にする。ここまで読んで、知足とは“諦め”ではなく、“自由になる技術”なのだと感じました。

最後に残ったのは「なりたい」より「ありたい」。遠くに答えを探しに行くより、足元を掘ると泉がある、という言葉が静かに背中を押してくれます。欲望そのものをゼロにするのではなく、欲望に振り回されず、健康を整え、満足を知り、余計な情報と比較を減らしていく。そうやって心の乾きを鎮めることが、結果として仕事も人生も“楽しく続く”形にしてくれる。知足を実践するとは、人生を小さくすることではなく、人生の芯を太くすることなのだと、この本から受け取りました。

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