入院してわかった、治す前に見直すべき「暮らし」の土台
今回、入院と手術を経験したことで、私は『病気にならない暮らし辞典』本間真二郎さんの本を手に取りました。著者は医学者としてウイルス研究の道を歩みながら、いまは農業や自然に寄り添う暮らしを実践し、「人が治る力とは何か」を体験と観察から掘り下げている人です。机上の理屈だけではなく、実際に試し、確かめ、感じたことが言葉になっているので、とても読みやすく、胸に刺さる部分が多い本でした。
とくに衝撃だったのは、「医療が発達しているのに病気は減っていない」という事実です。高血圧、糖尿病、脂質異常症、メタボ、そしてアレルギーやアトピー、喘息など、いわゆる慢性病・生活習慣病が増え続けている。さらに子どもの世界でも、発達障害と呼ばれる診断が増えている現状がある。診断基準の変化などを差し引いても、患者数の増加は無視できない——この指摘は重く感じました。
著者が一貫して言うのは、「病気の根っこは“不自然な暮らし”にある」ということ。医学の高度化は対症療法としては強いけれど、そもそも病気になりにくい暮らしを取り戻さなければ、流れは止まらない、という視点です。風邪でさえ、ただ敵として消すのではなく、体が整おうとする意味がある。症状を闇雲に止めるより、短期・長期の影響まで考えて受け止め、寄り添うことが大切だという話は、子育ての章にもつながっていました。「お母さんは家庭のお医者さん」という言葉は、優しいのに厳しく、自分にも向けられている気がしました。
そしてこの本は、健康の話でありながら、読み終えるとどこか啓示のようなものが残ります。生きていくということは、結局、あらゆるものと関わっていくこと。食べ物も、土も、微生物も、空気も、水も、家族も、仕事も、社会も、全部がつながっている。その関係の中で私は何度も、自分に問い直しました。私は自然法則に従って生きているのか。便利さや効率を優先して、自然の摂理から外れた暮らしを当たり前にしていないか。これは他人に向けた言葉ではなく、自分自身への自戒です。
植物の苗を小さなポットのまま育てる実験の話も象徴的でした。土が根に置き換わり、限界が来ると成長が止まり枯れてしまう。そこから「植物は地球が変化したもの」「地球を傷つけることは巡って自分を傷つけること」という感覚に至る流れは、ただの健康論を超えて、暮らしそのものの姿勢を問う話に広がっていきます。自然を“支配している側”だと勘違いしがちだけれど、本当は自然の一部として生かされている。その視点が戻るだけで、暮らしの選択が変わっていく気がしました。
腸内細菌、心と自律神経、意識と無意識(集合無意識)など、体と心を分けずに見る視点もこの本の魅力でした。結局、病気にならない心とは、自然や他者の役割を認め、感謝できる心なのだ——このまとめ方は、とても腑に落ちました。逆に言えば、「全部排除して安全にする」「全部消毒してゼロにする」といった考え方そのものが、不自然さを増やしてしまう。科学が進んでも、進化しても、すべてを無くしたり、完全に排除したりすることが“本来の姿”ではない。医療は大切だけれど万能ではなく、基本は対症療法でもある。だからこそ、医療だけに寄りかからず、暮らしの土台を整える方向へ戻ることが必要なのだと思いました。
実践としては、腹八分目、よく噛む、地産地消、腸内環境を整える食事、睡眠と休息、ストレスを溜めない工夫、完璧を求めない、笑う、入浴は湯船に浸かる、など、派手ではないけれど本質的な提案が並びます。私自身、胆嚢の手術は終えて回復しましたが、手術で“体質”まで変わったわけではありません。だからこれからは、この本を“暮らしの辞典”として手元に置き、できるところから自然に沿った生活へ戻していきたい。病気になる前に読んでおけばよかった、という悔しさも含めて、今の自分には必要な一冊でした。

