「伝わらない」の正体は、脳が見せる世界の違いだった

「なんでこんなに丁寧に話しているのに、伝わらないんだろう。」
西剛志さんの『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』は、このモヤモヤを“話し方の上手い下手”ではなく、もっと根っこの構造から説明してくれる本でした。結論はシンプルで強烈です。自分の脳と相手の脳が、そもそも「見せている世界」が違う。だから、すれ違いは起きて当たり前。ここから出発できる人が、コミュニケーションがうまい人なのだと本書は語ります。
本書では、人の情報処理には「視覚」「聴覚」「身体感覚」の優位があると紹介されます。たとえば視覚優位の人は、頭の中の映像をそのまま言葉にしようとして早口になりやすい。身体感覚優位の人は、感じたことを確かめながら話すのでテンポがゆっくりになりやすい。もし会話の速度が合わないなら、性格ではなく“入り口の違い”かもしれない。さらに、伝え方のコツも示されます。図や全体像が効く人、丁寧な言葉が効く人、体験させるのが一番早い人。ただし著者は、タイプで決めつけること自体が新たなバイアスになる、と注意も促します。人は状況によって使い分けるからです。
また、脳の違いはタイプだけでは終わりません。性別、利き手、文化の違いでも、見ているポイントや記憶の残り方が変わる。自分が「見えた」「分かった」と思った瞬間に、相手も同じように見えていると信じてしまうのが危険だと気づかされます。夫婦や身近な相手ほど「分かってくれているはず」が強くなり、すれ違いが深くなる――この指摘は、胸に刺さりました。
さらに本書の面白さは、認知バイアスを具体例で見せてくれるところです。脳は効率のため、関心のある情報だけを拾い、都合よく世界を編集してしまう。いわゆる「一度気にし始めると急に目につく」現象や、「現状を変えたくない」気持ち、そして記憶のあやふやさ。私たちは“事実”を見ているつもりで、実は“脳が加工した世界”を見て話している。だから「1を見て10を決める」ほど、話は噛み合わなくなっていきます。
そして極めつけは、環境と身体感覚の話でした。温かい飲み物、天気、緑、場所――そんな一見些細なものが気分や行動に影響し、結果として相手への印象まで変えてしまう。つまり、行き詰まったら「言い方」を変える前に、場を変えることが効く場合がある。環境を変えることは、脳に新しい刺激を入れて、世界の見え方を更新する行為なのだと本書は教えてくれます。
読み終えて、私の中に残った実践メモはこれです。
・まず「相手の世界は違う」を前提にする
・「どこが気になります?」と相手の見ている焦点を聞く
・要点を相手の言葉で言い直して確認する
・詰まったら環境を変える(場所・時間・光・空気)
伝わらないのは、能力不足ではなく“違い”の問題。だからこそ、責めるより先に、相手の世界を見にいく。読書そのものが自分の内側の環境を変える力を持つ――そんな余韻とともに、私は「伝わらない」を嘆く前に、まず一歩“翻訳”してみようと思いました。
