自分の常識がいちばんあぶない

自分の「あたりまえ」を切り崩す
『文化人類学入門』を読んで
最近、本を読んでいて強く感じるのは、年齢を重ねた今だからこそ、若いころとは違う引っかかり方をする本があるということです。
この『文化人類学入門』も、まさにそんな一冊でした。
文化人類学というと、どこか遠い国の珍しい風習や民族の暮らしを学ぶ学問のように思っていました。けれど読んでみると、むしろ問われているのは「相手」ではなく、自分の見方そのものでした。
自分は何を当たり前と思い、何を自然だと思い、何を正しいと感じているのか。
その足元を静かに崩されていくような感覚がありました。
上に立つ人ほど、まず痛みを知れと思った
この本の中で、私がいちばん面白いと思ったのは、首長の任命儀礼の話でした。
新しく市長になる人が、村人たちから罵倒され、侮辱され、聖職者からも厳しい言葉を浴びせられる。しかも、それを恨んではいけないし、復讐してもいけない。読んでいて、なんともすごい仕組みだと思いました。
なぜそこまでさせるのか。
それは、上に立つ人間が権力を自分のために使わないようにするためでした。人の痛み、不満、怒りを自分の身で受けてからでないと、本当の意味で人の上には立てない。そういう知恵が、この儀礼には込められているのだと思いました。
私はここを読んで、思わず「日本の政治家にもこういう儀礼があったらいいのに」と感じました。
総理大臣でも、市長でも、会社の社長でもそうですが、上に立つ人ほど、人のつらさや理不尽さをわかっていなければいけない。ところが現実には、立場が上になるほど見えなくなるものもある。だからこそ、こういう“いったん下に置かれる経験”には、大きな意味があるのだろうと思いました。
経営をしていても感じます。
人の上に立つというのは、偉くなることではなく、むしろ自分を抑えることなのだと思います。自分の気分で人を動かさないこと。立場を使って押し切らないこと。相手の声の奥にあるものを聞くこと。
この儀礼の話は、遠い異文化の話なのに、妙に今の社会や自分の仕事にも重なって見えました。
「日本人とは誰か」と言われると、簡単には答えられない
もうひとつ印象に残ったのは、「日本人とは誰か」という問いでした。
普段、私たちは何気なく日本人という言葉を使っています。でも、この本を読むと、その境界は決して固定されたものではなく、時代や政治の力の中で形づくられてきたものだとわかります。
アイヌや沖縄の話も、あらためて考えさせられました。
同じ国の中にいても、もともとは異なる言葉や文化を持っていた人たちがいた。それが近代国家の形成の中で一つにまとめられ、同じ日本人という枠の中に組み込まれていった。そこには便利さだけでは済まされない痛みもあったはずです。
私はこういう話を読むと、自分が普段どれだけ単純に物事を見ているかに気づかされます。
日本人という言葉ひとつとっても、その内側にはいろいろな歴史や立場や感情が折り重なっている。にもかかわらず、私たちはつい、ひとつの言葉で全部をわかったような気になってしまう。
文化人類学は、その“わかったつもり”を崩してくる学問なのだと思いました。
疑うより、切り崩すという言葉が残った
この本を読んで、私の中に残ったのは「疑う」より「切り崩す」という感覚でした。
疑うというと、少し外から眺める感じがあります。けれど切り崩すという言葉には、自分の中にある思い込みを一枚ずつはがしていくような、もっと実感のある響きがあります。
私たちは皆、自分なりの常識を持って生きています。
それがあるから日々の判断もできるし、仕事も進む。けれど、その常識が強くなりすぎると、今度は自分を縛るものにもなる。見たいものしか見えなくなり、自分に都合のよい理解ばかりを並べてしまう。
この本は、そんな自分に対して「その見方は本当に絶対なのか」と、やわらかく、それでいて鋭く問いかけてきます。
私は年齢を重ねるほど、知識を増やすこと以上に、自分の思い込みをほぐすことのほうが大事なのではないかと思うようになりました。
新しいことを学ぶというのは、何かを足すことだけではなく、自分の中にこびりついていた“あたりまえ”を少しずつ手放していくことでもある。
文化人類学は、その作業を助けてくれる学問なのだと感じました。
この本は、異文化を知るための入門書であると同時に、自分を見直すための入門書でもありました。
人を理解しようとすることは、自分を問い直すことでもある。
そう考えると、この本の面白さは、単なる知識の面白さではなく、思考を自由にしてくれるところにあるのだと思います。
読後、すぐに何かが変わるわけではありません。
けれど、自分の中の「あたりまえ」は少し崩れました。
そして、その崩れた隙間から、これまでとは違う景色が見え始めた気がします。
そういう本に出会えると、読書はやはりいいなと思います。
