「既にある」世界を、私はどう選んでいるのか

『「既にある」を論理する。』阿頼耶一生 著 を読んで
この本を読んで、最初に心に残ったのは、テレビのリモコンの話でした。
テレビを見ている時、私たちは番組を作っているわけではありません。
すでに放送されているたくさんの番組の中から、自分が見たい番組を選んでいるだけです。
それと同じように、現実も「ゼロから作る」のではなく、すでにある無数の可能性の中から、自分がどこに意識を向けるかで見えてくるものが変わる。
この考え方は、私にとってとても面白いものでした。
見えているものだけが現実ではない
私たちは、肉眼で見えるものだけを現実だと思いがちです。
でも、よく考えてみると、見えている現実というのは、自分の意識がそこに向いた結果なのかもしれません。
同じ場所にいても、人によって見えているものは違います。
ある人は欠点を見る。
ある人は可能性を見る。
ある人は不安を見る。
ある人は希望を見る。
同じ世界に生きているようで、本当は一人ひとりが、自分の意識で世界を選んでいるのだと思いました。
AIは鏡である
この本の中で、AIは鏡だという話がありました。
これは、今の私にはとても実感があります。
AIは勝手に何かを決めるのではなく、こちらが何を問い、何を映したいかによって返ってくるものが変わります。
恐れを持って問いかければ、不安を増やす答えが返ってくることもあります。
希望を持って問いかければ、未来を開くような答えが返ってくることもあります。
つまり、AIの前に立っているのは自分です。
AIが怖いのではなく、自分の中にある恐れが映し出されているだけなのかもしれません。
これは、経営にも通じる話だと思いました。
AIをどう使うかは、会社の姿勢そのものを映します。
人を減らすために使うのか。
人の可能性を広げるために使うのか。
同じ道具でも、向ける意識でまったく違うものになるのだと思います。
救うという善意の危うさ
この本で一番深く考えさせられたのは、「救済のパラドックス」という話でした。
「私はあなたを救いたい」
一見すると、とても優しい言葉です。
でも、その裏側には、
「あなたは救われなければならない弱い人だ」
という決めつけが隠れている場合がある。
これは、なかなか厳しい指摘でした。
相手を助けようとする気持ちの中に、自分が必要とされたいという思いが混じることもある。
自分が上に立ち、相手を下に置いてしまうこともある。
本当の優しさとは、相手をかわいそうな人として見ることではなく、その人の奥にある完全性を見ることなのだと思いました。
ただ寄り添うということ
ナイチンゲールの精神にも近いものを感じました。
過剰に同情するのではなく、ただ寄り添う。
相手を不完全な存在として扱うのではなく、今のままでも大切な存在として見る。
これは、会社経営でも、人との関わりでも大事なことだと思います。
社員に対しても、お客様に対しても、
「こちらが救ってあげる」
という目線ではなく、
「その人の中にすでにある力を信じる」
という目線を持ちたい。
人は、完全に教えられて変わるのではなく、自分の中にあるものが呼び覚まされた時に変わるのだと思います。
外の世界を拭く前に、心のレンズを磨く
この本の中に、映写機のレンズの話がありました。
スクリーンに映った映像が汚れているからといって、スクリーンを必死に拭いても変わらない。
本当に拭くべきなのは、映写機のレンズです。
これは、自分の心にも言えることだと思いました。
外の世界を変えようと必死になる前に、自分の内側を整える。
怒り、不安、不足、恐れ。
そうしたものが心のレンズについていれば、外の世界もそのように見えてしまう。
逆に、自分の内側が少しでも平和であれば、同じ出来事の中にも違う意味を見つけることができる。
現実を変える第一歩は、外側にあるのではなく、自分の内側にあるのだと思いました。
意識をどこに向けるか
私たちは、知らず知らずのうちに、嫌なものにも多くの時間を使っています。
嫌いな人の言動を思い出す。
不安なニュースを何度も見る。
過去の嫌な出来事を何度も考える。
それは、嫌っているようで、実はそこに命の時間を注いでいることになります。
愛とは、注意を向けること。
そう考えると、嫌いなものに意識を向け続けることも、歪んだ愛なのかもしれません。
これからは、何を見るか、何を読むか、何に時間を使うかを、もっと大切にしたいと思いました。
スマホを見る前に、テレビをつける前に、
「これは自分の世界に置きたいものか」
と一呼吸おく。
それだけでも、自分の現実は少しずつ変わっていく気がします。
まず自分を整えること
この本は、世界を変えるために大きな活動をしなさいとは言っていません。
むしろ、まず自分の内側を整えることが、世界に対する一番深い働きかけだと教えてくれます。
自分が平和であれば、その平和は周りに伝わる。
自分が笑えば、世界も少し笑って見える。
自分が希望を見れば、希望のチャンネルが映る。
これは、きれいごとではなく、日々の実感としてわかる気がします。
不安な人の近くにいると、こちらまで不安になる。
穏やかな人の近くにいると、こちらまで落ち着く。
人は、言葉以上に、その人のあり方を受け取っているのだと思います。
読書は、自分の内側を映す鏡
この本を読みながら、結局、私は本を通じて自分の内側を見ているのだと思いました。
難しい理論を理解するためだけではありません。
自分は何を恐れているのか。
何に希望を見たいのか。
何を現実として選びたいのか。
本は、外から答えをくれるものではなく、自分の内側にある答えを照らしてくれるものなのだと思います。
「既にある」世界の中で、私は何を選ぶのか。
不足を見るのか。
希望を見るのか。
恐れを見るのか。
可能性を見るのか。
リモコンを握っているのは、いつも自分です。
これからも、外の世界を変えようと焦る前に、まず自分の心のレンズを磨いていきたいと思います。
そして、自分の中にある平和や希望を、仕事にも、人との関わりにも、静かに映していきたいと思いました。
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これからも、外の世界を変えようと焦る前に、まず自分の心のレンズを磨いていきたいと思います。
そして、自分の中にある平和や希望を、仕事にも、人との関わりにも、静かに映していきたいと思いました。
