幸せは、「いる」から始まる
感情を消すのではなく、感情を知る|『感情は、すぐに脳をジャックする』を読んで
佐渡島庸平さん、石川善樹さんの『感情は、すぐに脳をジャックする』を読んだ。
私はこれまで、感情に振り回されないためには、できるだけ冷静になり、感情を抑えることが大切なのだと思っていた。
特に仕事では、怒りや不安を表に出さず、理性的に判断することが求められる。
しかし、この本を読んで気づいた。
感情は、消そうとして消えるものではない。
どれほど理性的な人でも、感情は一瞬で脳を支配する。
大切なのは、感情をなくすことではなく、自分の中に今どのような感情が起きているのかを知ることなのだ。
人間は、自分では理性的に判断しているつもりでも、実際には先に感情が動き、その後から理屈をつけていることが多いという。
怒っている時には、相手が悪いと思う。
不安な時には、何を見ても悪い方向に考えてしまう。
感情が変われば、同じ出来事でも見え方が変わる。
つまり、感情によって認知が歪められれば、入ってくる情報も、その後に出ていく言葉や行動も歪んでしまう。
これは仕事でも、人間関係でも、文章を書く時でも同じだと思う。
怒りの奥には、別の感情がある
本書を読みながら、特に考えさせられたのは「怒り」についてだった。
怒りは、単独で突然生まれるものではない。
その前には、期待、不安、恐れ、驚き、寂しさなど、別の感情が隠れている。
例えば、相手に対して腹が立った時、本当は、
「こうしてほしかった」
「一緒に良い結果を出したかった」
「分かってもらえると思っていた」
という期待があったのかもしれない。
その期待が満たされなかった結果として、怒りが表に出てくる。
そう考えると、怒りをそのまま相手にぶつけるのではなく、自分が何を期待していたのかを伝えた方が、ずっと建設的である。
「どうしてできないのか」と責めるよりも、
「私はこういう結果を一緒に出したかった」
と伝える。
怒りの奥にある感情を言葉にできれば、相手との関係も、自分自身の行動も変わってくるのだと思う。
感情にも、解像度がある
この本では、感情を理解するには、感情に関する言葉や概念を豊かに持つことが大切だと書かれている。
最近は、うれしい時も、驚いた時も、困った時も、すべてを「やばい」という一言で表すことがある。
しかし、それでは自分の中で何が起きているのかを細かく捉えることができない。
不安なのか。
悲しいのか。
悔しいのか。
寂しいのか。
期待しているのか。
それとも、ただ驚いているのか。
感情を細かく言葉にできるほど、自分の内面を客観的に見ることができる。
本書で紹介されている「感情の輪」も興味深かった。
喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待。
それらの基本的な感情が混ざり合うことで、愛、後悔、警戒、楽観など、さらに複雑な感情が生まれる。
私たちは一つの感情だけで生きているのではない。
うれしいけれど不安。
腹が立つけれど寂しい。
期待しているからこそ怖い。
そうした複雑な感情を、無理に一つに決めつけなくてもよいのだ。
「諦める」とは、明らかにすること
本書には仏教的な考え方も多く登場する。
その中で印象に残ったのが、「諦める」という言葉である。
現在では、諦めるというと、途中で投げ出すことや、希望を捨てることのように捉えられる。
しかし仏教では、「諦める」とは「明らかにする」という意味だという。
現実をよく見て、今起きていることを、そのまま受け入れる。
ネガティブな感情は、無理に避けるのではなく、
「自分は今、悲しい」
「自分は今、不安だ」
と認める。
一方で、喜びや成功などのポジティブな感情にも執着しすぎない。
良い感情も悪い感情も、ずっと続くものではない。
感情は移り変わっていく。
それを理解することが、諸行無常を受け入れることにもつながるのだと思う。
感情を否定せず、しかし感情に居座らせない。
認知し、受け入れ、その上で次の行動を選ぶ。
この「認知、容認、選択」という流れは、日常の中でも実践できる考え方だと思った。
驚きから、新しいものが生まれる
感情の中でも、「驚き」についての話が特に面白かった。
どのような感情にも、その直前には驚きがあるという。
予想と違った。
思っていたより良かった。
まさか、そんなことが起こるとは思わなかった。
人は、自分の当たり前が外れた瞬間に驚く。
そして、新しいものを生み出そうとする時には、驚きが必ず伴うという。
本書では、「では」で話す人よりも、「とは」で話す人の方が驚きを生みやすいと書かれている。
「次は何をするのではなく、そもそも仕事とは何だろう」
「良い会社とは何だろう」
「幸せとは何だろう」
「人間にしかできないこととは何だろう」
「とは」という問いは、分かっているつもりになっていた物事を、もう一度考え直させる。
これは私が日頃から考えている、ものづくりからことづくりへ、ということにもつながる。
製品をただ作るのではなく、その製品によって、お客様の感情がどう動くのか。
便利になった。
安心した。
家族との時間が増えた。
思い描いていた空間が現実になった。
人は物そのものだけでなく、その物によって生まれる感情に価値を感じている。
これからの仕事には、機能や価格だけでなく、人の心にどのような波を起こすのかという視点が、ますます大切になるのだろう。
感謝は、伝えるものではなく、伝わるもの
「感謝は伝えるものではなく、伝わるもの」という言葉も心に残った。
私たちは「感謝を伝えなければ」と考える。
もちろん、ありがとうと言葉にすることは大切である。
しかし、感謝を伝えたことで、相手にも感謝を返してほしいと思った瞬間、それは見返りを求める行為になる。
感謝されたいと思わず、自分の中に感謝がある。
その人の態度や行動から、自然に相手へ伝わっていく。
それが本当の感謝なのかもしれない。
日常の当たり前を、当たり前のまま通り過ぎないことも大切だ。
家族が一緒にいること。
社員が働いてくれていること。
お客様が声をかけてくださること。
本を読めること。
写真を撮りに出かけられること。
その一つ一つは、本当は決して当たり前ではない。
幸せは、「いる」から始まる
本書の終盤に出てくる、「いる・する・なる」という考え方は、最も印象に残った部分の一つだった。
私たちはいつも、何をするかを考えている。
何を成し遂げるか。
何者になるか。
どう成長するか。
どう成功するか。
しかし、犬や猫は、何者かになろうとはしていない。
何かを成し遂げようともしていない。
ただ、そこにいる。
生きるために、そこに居続けている。
人間も、最初から「する」や「なる」を求めすぎなくてもよいのではないか。
まず一緒にいる。
夫婦でいる。
家族でいる。
仲間でいる。
その時間を重ねる中から、自然に何かをするようになり、何者かになっていく。
幸せとは、何かを手に入れた先にあるものではなく、今ここにいることを感じられる状態なのかもしれない。
私は会社経営でも、写真でも、読書でも、どうしても次に何をするかを考える。
新しいことを始めたい。
もっと良くしたい。
未来を作りたい。
それ自体は悪いことではない。
ただ、ときには「する」を手放して、今ここにいる自分を確かめる時間も必要なのだろう。
感情は、邪魔者ではなかった
この本を読んで、感情に対する見方が少し変わった。
怒り、不安、悲しみ、嫉妬、寂しさ。
私たちは、ネガティブな感情を悪いものとして排除しようとする。
しかし感情は、自分の内面から届く知らせなのだ。
怒りの奥に期待があり、不安の奥に大切にしたいものがある。
悲しみの奥には、失いたくなかったものがある。
感情を知ることは、自分が何を大切にしているのかを知ることでもある。
感情に脳をジャックされないためには、感情を押さえ込むのではなく、
「私は今、何を感じているのだろう」
と、一度立ち止まること。
感情を明らかにし、受け入れ、その上で自分の行動を選ぶ。
これは一度覚えればできる技術ではなく、日々、自分の内面を見る練習なのだと思う。
感情を知れば、他人にも少しやさしくなれる。
自分にも、少しやさしくなれる。
そして、何かをすることや、何者かになることを急がず、まず今ここにいることを大切にできる。
感情は、人生を邪魔するものではなかった。
感情を知ることこそ、自分の人生を、自分の手に取り戻すことなのだと思った。
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