時間は平等ではない。70歳で知った「今」の使い方

田坂広志さんの『なぜ、時間を生かせないのか――かけがえのない「人生の時間」に処する十の心得』を読んだ。
この本が出版されたのは2003年だという。
読みながら、何度も思った。
もっと早く、仕事に夢中になっていた時代に読んでおけばよかった、と。
けれども、70歳になった今の私にとって、ビジネスの技術を学ぶための本ではない。これまでの仕事や人生を振り返り、残された時間をどう生きるかを考える本だった。
本には、読むべき時期があるのかもしれない。
若い頃に読んでいたら、仕事の効率を高める本として読んだだろう。しかし今は、「人生の時間をどう生ききるか」という問いとして心に入ってきた。
時間は、本当に平等なのか
私たちはよく、
「時間は誰にでも平等に与えられている」
と言う。
一日は誰にとっても24時間である。その意味では確かに平等だ。
しかし本書は、実際に人が生きる時間は平等ではないと語る。
その違いを生み出すものが、集中力である。
同じ一時間でも、心が散らかったまま過ごす一時間と、何かに深く集中して過ごす一時間では、その密度はまったく違う。
集中力とは、単に机に長時間向かう力ではない。持続力や精神力を含めた「知的体力」なのだと思う。
ただし、集中するためには、退路を断って自分を追い込めばよいわけでもない。
本書で印象に残ったのは、
「深く集中できる人は、深くリラックスできる人でもある」
という考え方だった。
集中とリラックスは反対ではない。
深く休み、心を緩められるからこそ、次の瞬間に深く入り込むことができる。
最高の集中とは、「集中しなければ」と力むことではなく、気がつけば夢中になっていた、という状態なのだろう。
好きになる。
興味を持つ。
楽しむ。
そして夢中になる。
人はそのとき、最も高い力を発揮する。
これは仕事だけではない。読書も写真も同じだ。心から惹かれるものに向かっているとき、時計を見なくても時間は深く流れていく。
知識が価値を失う時代に残るもの
本書が書かれた2003年当時、すでに田坂さんは、情報や知識が社会全体で共有され、知識そのものの価値が下がっていく時代を見据えていた。
インターネットが広がり、今では生成AIが大量の情報や知識を瞬時に示してくれる。
では、その時代に何が価値を持つのか。
それが、「職業的な知恵」だという。
スキル、センス、ノウハウ、勘、洞察力。
これらは、教科書を読んだだけでは身につかない。
資格を取ったからといって、すぐに仕事ができるようになるわけでもない。
長い経験の中で、失敗し、迷い、人と向き合い、心を動かされたときに、少しずつ体に染み込んでいくものである。
本書では、「経験」と「体験」は違うと語られる。
ただ出来事を通過するだけなら経験で終わる。
しかし、その出来事を自分の感覚や感情とともに受け止め、自分の内側に落とし込んだとき、経験は体験になる。
そして、その体験から知恵が生まれる。
専門知識は頭で学べる。
しかし、本当の知恵は、心で感じ、体でつかみ取らなければならない。
長く仕事をしてきた今、この言葉の意味がよく分かる。
仕事の知恵は、成功したときよりも、むしろ失敗したときや、思うようにいかなかったときに身につくことが多い。
真似をするから、自分が見えてくる
本書の中で、特に共感したのが「真似ること」についての話だった。
学ぶことは真似ることだと言われる。
しかし、師匠の表面的な技術だけを真似すれば、それは猿真似になってしまう。
優れた人のやり方を観察し、同じようにやってみる。
けれども、うまくいかない。
さらに観察し、もう一度試してみる。
それでも、どこか違う。
その失敗を繰り返しているうちに、師匠と自分との違いが見えてくる。
真似をする本当の目的は、師匠と同じ人間になることではない。
自分の個性を発見することなのだ。
個性は、一人で自由にしていれば自然に現れるものではない。
異なる個性と出会い、ときに葛藤し、圧倒され、それでも自分なりの方法を探す中で磨かれていく。
写真でも、仕事でも、文章を書くことでも同じだと思う。
優れた作品や技術に憧れ、真似てみる。
しかし同じにはならない。
その「同じにならなさ」の中にこそ、自分だけの感覚や呼吸、スタイルが隠れている。
個性とは、最初から完成した形で自分の中にあるものではない。
他者との格闘を通して、少しずつ磨き出されるものなのだ。
仕事の本当の報酬
本書には、
「仕事の真の報酬は、人間としての成長である」
という言葉がある。
仕事の報酬というと、給与や地位、実績を考えてしまう。
しかし、長い人生を振り返れば、仕事を通して何を得たか以上に、仕事によって自分がどのような人間になったのかが大切なのだろう。
ただし、「成長するために仕事をする」というのとも少し違う。
目の前の仕事に懸命に取り組み、人と向き合い、失敗を受け止める。その結果として、いつの間にか人間が磨かれている。
成長できる場所は、どこか遠くにあるのではない。
「今の環境では成長できない」
「もっと良い場所に行けば変われる」
そう考えることもある。
けれども、私たちは自分に都合よく世界を解釈し、今ここ以外に成長の場があるという幻想を抱きやすい。
本当の学びの場所は、いつも目の前にある。
目の前の仕事。
目の前の人。
目の前で起きている出来事。
そこから何を感じ、何を受け取り、どう自分を変えていくか。
それが問われている。
あるのは、永遠に続く「今」だけ
私たちは何のために学び続けるのだろう。
生き残るためか。
誰かに勝つためか。
社会的に成功するためか。
私たちは強い思想を持たなければ、世間が決めた「成功」の物差しを、知らないうちに自分の人生の物差しにしてしまう。
しかし、人生の成功とは何か。
それは、一人ひとりが考え続けなければならない問いなのだと思う。
本書の最後にある、
「過去はない。未来もない。あるのは永遠に続く今だけである」
という言葉が心に残った。
過去を悔やむことはできる。
未来を心配することもできる。
しかし、私たちが実際に生きられるのは、今この瞬間しかない。
2003年にこの本を読まなかったことを、少し後悔している。
けれども、その後悔に時間を使うのではなく、今この本に出会えたことを大切にしたい。
70歳になったからこそ分かる言葉もある。
仕事を続けてきたからこそ、体に響く言葉もある。
人生の時間を生かすとは、予定を隙間なく埋めることではない。
目の前のものに心を向け、深く感じ、夢中になり、体験から知恵をつかみ取ることなのだろう。
残された時間がどれだけあるかは、誰にも分からない。
だからこそ、時間の長さではなく、時間の深さを大切にしたい。
過去でも未来でもない。
今を生きる。
そして、今を生ききる。
それが、かけがえのない人生の時間を生かすということなのだと思う。
