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答えより、問いが大きくなった――『人間らしさとは何か』を読んで

『人間らしさとは何か』
マイケル・S・ガザニガ著、柴田裕之訳。

題名に惹かれて手に取った本だったが、読み終えるまで三か月ほどかかった。かなり厚い本で、脳、進化、感情、社会、道徳、芸術、記憶、意識と、話はあちらこちらへ広がっていく。

正直に言えば、私が理解できたのはこの本の一%くらいかもしれない。それでも読み終えて残ったものは多かった。

本の最初に出てくる問いは、「人間はなぜ特別なのか」である。

人間が行うことの多くには、他の動物にも前例がある。感情もある。社会性もある。道具も使う。記憶もある。

それでも、人間はやはり何かが違う。

脳が単に大きいからなのか。ニューロンが多いからなのか。それとも、いくつもの小さな違いが積み重なった結果、あるところで「相転移」のような変化が起こったのか。

私はこの「相転移」という考え方がとても面白かった。

人間の赤ん坊は驚くほど未熟な状態で生まれてくる。大きな脳を持ちながら二足歩行するという進化の中で、人間は生まれてから長い時間、誰かに育ててもらわなければ生きられない存在になった。

しかし、考えてみればその未熟さこそが、人間を人間にしたのかもしれない。

生まれてから家族に教わり、人に会い、言葉を覚え、社会を知り、本を読み、失敗し、経験を積む。

人間は完成して生まれてくるのではなく、生まれてから社会の中で作られていく。

以前、私は「世界には情報がばらまかれていて、それを拾い集めることが人間形成ではないか」と考えた。

この本を読んで、その思いがますます強くなった。

本を読む。人に会う。旅に出る。写真を撮る。

外から入ってきた情報は、そのまま私の中に保存されるわけではない。これまでの経験と混ざり、考え直され、意味づけされ、少し違ったものになって自分の中に残る。

記憶についての話も非常に興味深かった。

特に「エピソード記憶」である。

単なる事実を覚えているのとは違い、自分がいつ、どこで、何を経験したかを思い出す。しかも人間はその記憶を使って、過去だけではなく未来まで想像する。

いわば頭の中で「時間旅行」をする。

しかし、過去の出来事はいつ思い返しても同じ意味を持つわけではない。

二十歳の時の出来事を四十歳で思い返した時と、七十歳になってから思い返す時とでは、意味が違ってくる。

記憶そのものが変わったというより、その後の人生によって「解釈」が変わったのだと思う。

そう考えると、私たちは記憶を保存しているだけではない。

人生を通して、何度も自分の過去を書き直しているのかもしれない。

この本には、人間が理性的に生きていると思っていても、実際には多くの判断を無意識に行っているという話も出てくる。

ネガティブな情報に強く反応する「ネガティブ優先のバイアス」もその一つだ。

危険をいち早く見つけることは、生存に直結する。

草原で「綺麗な花だ」と気づくのが少し遅れても命には関わらないが、「蛇だ」と気づくのが遅れれば死ぬかもしれない。

だから悪いニュースや危険な情報に強く目が向く。

新聞やテレビが事件や事故を大きく扱うことにも、人間の脳の性質が関係しているのだろう。

一方で、人間は美しいものにも惹かれる。

私は写真を撮るので、芸術についての章は特に面白かった。

人は曲線を好み、自然を好み、水のある風景を好み、見やすいコントラストに惹かれる。

写真を現像するとき、なぜ少しコントラストを上げると対象が際立って見えるのか。

単なる好みではなく、人間の視覚系が「処理しやすいもの」を好むという話には納得するところがあった。

それでも、人間は単に見やすいものだけを芸術と呼ぶわけではない。

見えないものを想像し、実際には存在しない場面を頭の中に作り、音楽や絵や物語にして他人に伝えることができる。

ここにも人間らしさがある。

そして最後まで考え続けたのが「意識」である。

目を覚まし、今ここにいると感じている意識。

さらに、「私は今こう考えている」と自分の意識そのものを眺める意識。

考えれば考えるほど不思議である。

脳という物質の中から、なぜ「私」という感覚が生まれるのか。

結局、この本を読んでも答えは出なかった。

だが、答えが出ないからこそ面白い。

人間とは何か。

人間らしさとは何か。

もしかすると、人間らしさとは「答えを持っていること」ではなく、目に見えないものについて考え、理由を探し、意味を作り続けることなのかもしれない。

世界から情報を受け取る。

それを記憶と照らし合わせる。

考える。

意味を与える。

そして言葉や行動、写真や仕事として、再び世界へ返していく。

その情報をまた誰かが受け取る。

そうやって人間は一人ではなく、長い時間をかけてお互いを作り続けているのではないだろうか。

この本を数年後、もう一度読んでみたいと思う。

その時の私は、今とはまた違う経験を積んでいる。

同じ文章を読んでも、きっと違うところに線を引き、違うところで立ち止まるだろう。

それもまたエピソード記憶と同じように、「今の自分」が過去に新しい意味を与えることなのだと思う。

人間らしさとは何か。

読み終えて分かったのは、答えではなかった。

むしろ、以前より問いが大きくなった。

でも、それでいい。

問いを持ち続け、考え続ける。

それこそが、人間らしいことなのかもしれない。

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