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ブログ - 五十嵐工業株式会社 - Page 2

  • 本は、終わったとは言わせない | 2026.06.15

    『本を楽しむ教科書』大島梢絵 監修を読んで

    本というものは、やはり不思議なものだと思います。

    情報を得るだけなら、今はいくらでも方法があります。
    スマホを開けば、知りたいことはすぐに出てくる。
    動画もあるし、SNSもある。
    わかりやすくまとめられた情報も、毎日のように流れてきます。

    それでも私は、やっぱり本が好きです。

    今回読んだ『本を楽しむ教科書』は、
    「本を読む」ということを、もう一度やわらかく考え直させてくれる本でした。

    読書は、勉強だけではない。
    情報収集だけでもない。
    もっと感覚的で、もっと自由で、もっと個人的なものなのだと感じました。


    本は、時間を旅する道具でもある

    本を読むということは、時間を遡ることでもあります。

    歴史の本を読めば、過去の人たちが何を考え、何に悩み、どう生きてきたのかに触れることができます。
    一方で、未来について考える本を読めば、まだ見ぬ時代のことまで想像することができます。

    つまり本は、今ここにいながら、過去にも未来にも行ける道具なのだと思います。

    私は普段、本を選ぶときに、そこまで真面目に構えているわけではありません。
    美味しいものを食べるように、心地よい音楽を聴くように、
    「なんとなく気になる」
    「これは面白そうだ」
    という感覚で手に取ることも多いです。

    時には、これは難しそうだなと思う本にも手を出します。
    すぐには読めない。
    何ページか読んでは止まり、また戻ってくる。
    何ヶ月もかけて、少しずつ溶かしていくような読書もあります。

    それもまた、読書の楽しみ方なのだと思います。

    わからない本を無理にわかろうとしなくてもいい。
    ただ、そこに触れている時間そのものが、自分の中に何かを残してくれる。
    そんな読書もあっていいのだと感じました。


    心に刺さる一文があれば、それでいい

    本の価値は、全部を理解することだけではないと思います。

    たとえば、綺麗な写真を眺めていたい。
    そこに短い言葉が添えられていて、その一文が心に深く残る。
    それだけで、その本と出会った意味は十分にあるのではないでしょうか。

    写真集でもいい。
    絵本でもいい。
    自然の本でも、生き物の本でも、健康の本でも、子育ての本でもいい。

    自分の気持ちが少し疲れている時には、メンタルを整える本に助けられることもあります。
    人間関係に悩んだ時には、どうしたら人と幸せに関われるのかを考える本が必要になることもあります。
    生き方に迷った時には、どうやって生き延びていくのかを教えてくれる本もあります。

    本は、自分のその時の心の状態によって、まったく違って見えます。

    同じ本でも、若い時に読んだ時と、今読む時では、心に届く場所が違う。
    それは、本が変わったのではなく、自分が変わったからなのだと思います。

    読書とは、著者との対話であると同時に、
    今の自分自身との対話でもあるのだと、改めて感じました。


    紙の本と電子書籍は、別の楽しみ方でいい

    よく、紙の本と電子書籍のどちらが残るのか、という話があります。

    でも私は、これはどちらか一方を選ぶ話ではないと思っています。
    紙の本と電子書籍は、似ているようでまったく別のものです。

    電子書籍には、電子書籍の良さがあります。
    場所を取らない。
    移動中でも読める。
    どこにいても、すぐに開ける。
    これは本当に便利です。

    一方で、紙の本には紙の本の良さがあります。

    手に取る重さ。
    ページをめくる感覚。
    本棚に並んでいる姿。
    ふと目に入った背表紙から、もう一度読み返したくなる感覚。

    これは電子書籍とは違う、五感に近い楽しみです。

    本屋さんや図書館も同じです。
    目的の本を探しに行ったのに、まったく違う本に出会うことがある。
    その偶然が楽しいのです。

    効率だけで言えば、検索すればいいのかもしれません。
    けれど、本との出会いには、効率では測れない豊かさがあります。

    楽しい本屋さんがあれば、人はきっとまた足を運ぶ。
    図書館にも、本屋さんにも、まだまだ役割はあると思います。


    読書離れではなく、読み方が変わったのかもしれない

    「若者の読書離れ」という言葉をよく聞きます。

    もちろん、それは半分は事実かもしれません。
    大人になるほど、仕事や生活に追われて、本を読む時間が減っていく。
    スマホや動画、SNSなど、ほかのメディアに時間を使うことも増えています。

    けれど、若い人たちがまったく文字に触れていないわけではないと思います。

    SNSで読む。
    SNSで書く。
    短い文章の中で考えを伝える。
    それもまた、文字を使った表現です。

    本だけが読書ではない、という見方も必要なのかもしれません。

    ただ、やはり本には本の深さがあります。
    一つの考えをじっくり追いかける。
    すぐに答えを出さずに、自分の頭で考える。
    わからないものを、わからないまま抱えておく。

    これは、今の時代にとても大事な力だと思います。

    これから先、世の中はもっと大きく変わっていくはずです。
    その時に、正解のない問題を自分の頭で考えられるか。
    人の意見に流されるだけでなく、自分なりの考えを持てるか。

    読書は、そのための大切な訓練にもなるのだと思います。


    本は、終わったとは言わせない

    この本を読んで、私は改めて思いました。

    本は、まだ終わっていない。
    紙の本も、電子書籍も、図書館も、本屋さんも、
    形を変えながら、これからも人のそばに残っていくのだと思います。

    なぜなら、人間はただ情報が欲しいだけではないからです。

    知らない考えに触れたい。
    自分の気持ちを言葉にしたい。
    誰かの人生を少しだけ追体験したい。
    今の自分にはない見方を手に入れたい。

    そういう欲求がある限り、本はきっとなくならない。

    私にとって読書は、情報収集ではなく、
    今まで触れたことのないものの見方や価値に出会う時間です。

    そして時には、自分でも気づいていなかった自分の心に出会う時間でもあります。

    美味しいものを味わうように。
    心地よい音楽を聴くように。
    綺麗な写真を眺めるように。

    これからも私は、肩に力を入れすぎず、
    いろいろな本と出会っていきたいと思います。

    本は、終わったとは言わせない。

    むしろ、これからの時代だからこそ、
    本を読むことの意味は、ますます深くなっていくのだと思います。

  • 当たり前の中に、勇気づけはある | 2026.06.11

    『勇気づけの方法』野田俊作 著を読んで

    野田俊作さんの『勇気づけの方法』を読んで、子どもとの関わり方は、想像していた以上に深いものだと感じました。

    この本は、子どもに対する教育や育児の話が中心ではありますが、読んでいるうちに、これは子どもだけの話ではないと思いました。
    会社の中で人と関わること、若い人と向き合うこと、そして家族との関係にも、そのまま通じる話だと感じました。

    特に強く残ったのは、勇気づけとは、特別な成功を褒めることではなく、日々の当たり前の行動に目を向けることだという点です。

    朝、自分で起きる。
    学校へ行く。
    元気に帰ってくる。
    ご飯を食べる。
    お風呂に入る。
    寝る。

    こうした日常の行動を、私たちはつい「できて当たり前」と思ってしまいます。
    けれど本当は、その一つひとつが子どもにとっては大切な生活の積み重ねなのだと思いました。

    「起こさなくても一人で起きてくれたね」
    「今日も学校に行って帰ってきたね」
    「ありがとう」

    そんな何気ない言葉が、子どもの心の中に小さな勇気を育てていく。
    これは、とても大事な視点だと思いました。

    4歳の朱音ちゃんを見て感じること

    今、4歳の朱音ちゃんを見ていると、本当に子どもは大人の言葉や感情に敏感だと感じます。

    その場では、きょとんとした顔をしていることがあります。
    分かっていないようにも見えます。
    けれど、実はちゃんと感じ取っている。
    大人の声の調子、表情、空気の変化を、こちらが思っている以上に受け取っているのだと思います。

    子どもだから分からないだろう。
    まだ小さいから大丈夫だろう。
    そう考えるのは、少し違うのかもしれません。

    もちろん、幼い子どもは長く記憶しておく力はまだ発達の途中です。
    昨日のことを全部覚えているわけではないかもしれません。
    それでも、その瞬間に心が動き、脳が育ち、世界の見方を少しずつ覚えていく。

    だからこそ、幼児期の言葉がけや関わり方は、とても大切なのだと思いました。

    構いすぎも、管理しすぎも、勇気を奪う

    この本を読んで、もう一つ考えさせられたのは「構いすぎ」のことです。

    子どもが頼んでいないことを、大人が先回りして全部やってしまう。
    きっとこうしてほしいのだろう。
    きっとこう考えているのだろう。
    そう思って、何でも代わりにやってしまう。

    一見すると、優しさのように見えます。
    けれど、それが続くと、子どもは「自分が言わなくても周りが分かってくれる」「困ったことは誰かが解決してくれる」と思うようになる。

    これは子どものためになっているようで、実は自分で考える機会を奪っているのかもしれません。

    「起きなさい」
    「ご飯を食べなさい」
    「学校に遅れるよ」
    「宿題しなさい」
    「お風呂に入りなさい」
    「早く寝なさい」

    日常の中で、つい大人は子どもを管理してしまいます。
    でも、何から何まで管理してしまうと、子どもは自分で生活を組み立てる力を育てにくくなる。

    子どもは子どもなりに、自分で問題を解決しようとしている。
    その力を信じて、少し待つこと。
    失敗も含めて体験させること。
    それもまた、勇気づけなのだと思いました。

    育児と教育に必要な4つのS

    本の中で紹介されていた、育児と教育に必要な4つのSも印象に残りました。

    一つ目は、尊敬。
    子どもを上から見るのではなく、対等な一人の人間として見ることです。
    これは「尊重」と少し違い、相手の存在そのものを認める姿勢なのだと思いました。

    二つ目は、責任。
    日本では、責任を取るというと、辞めることや謝ることのように考えがちです。
    でも本当の責任とは、失敗したあとにどう回復するか、どう次につなげるかということなのだと思います。

    これは会社経営にもつながります。
    失敗した人を責めて終わりにするのではなく、どうすれば取り戻せるか、どうすれば次に同じことを繰り返さないかを一緒に考える。
    その方が、よほど本当の意味で責任を学べるのではないかと思いました。

    三つ目は、社会性。
    人と関わる力です。
    「言わなくても分かるだろう」ではなく、言葉にして伝えること。
    相手と関係をつくること。
    これは家庭でも会社でも、とても大切なことです。

    四つ目は、生活力。
    生きていく力です。
    知識だけではなく、現実の中で何とかしていく力。
    困った時に考え、周りと関わり、自分で立ち上がる力。
    これからの時代には、ますます必要になる力だと思いました。

    会社でも、勇気づける言葉を学び続けたい

    この本を読んで、私は「育てる」という言葉についても考えました。

    子どもを育てる。
    社員を育てる。
    若い人を育てる。

    そう言うと、どうしても上から目線になりやすい。
    けれど本当は、相手をこちらの思い通りに育てるのではなく、その人が持っている力を信じて、勇気づけることが大切なのだと思います。

    経営者として、これまでの自分の経験値だけで人を見るのは危ないことだと、改めて感じました。
    時代は大きく変わっています。
    若い人の考え方も、働き方も、価値観も変わっています。

    昔はこうだった。
    自分たちはこうやってきた。
    その経験は大切ですが、それだけで今の人を理解できるわけではありません。

    だからこそ、こちらの言葉もブラッシュアップしていかなければならない。
    相手を責める言葉ではなく、勇気づける言葉を選ぶ。
    管理する言葉ではなく、自分で考える力を引き出す言葉を使う。
    これは、これからの会社づくりにも必要なことだと思いました。

    当たり前を見つける目を持ちたい

    勇気づけとは、大きなことをした時だけに与えるものではない。
    日々の当たり前の中にある小さな行動を見つけ、言葉にして伝えることなのだと思います。

    子どもにも、社員にも、家族にも、そして自分自身にも。
    できなかったことばかりを見るのではなく、できていることを見る。
    責める前に、相手がすでにしている努力に気づく。

    それは簡単なようで、意外と難しいことです。

    けれど、その小さな言葉が、人の心を少し軽くする。
    明日もやってみようと思える力になる。
    それが「勇気づけ」なのだと、この本を読んで感じました。

    朱音ちゃんを見ていると、子どもは本当に毎日成長しています。
    そしてその姿を見ている私自身も、まだまだ学ばなければならないと思わされます。

    子どもを勇気づけることは、大人が学び直すことでもある。
    人を育てることは、自分の言葉を育てることでもある。

    そんなことを考えさせられた一冊でした。

  • 問いを失わないために | 2026.06.05

    便利な時代だからこそ考えたいこと

    だからこそ、安藤昭子さんの『問の編集力 思考の「はじまり」を探究する』を読んで、あらためて「問うこと」の大切さを感じました。

    今の時代は、わからないことがあればすぐに調べられます。
    AIに聞けば、きれいにまとめた答えも返ってきます。
    とても便利な時代になりました。

    でも、便利になればなるほど、私たちは「自分で考える時間」を失っているのではないか。
    そんなことを、この本を読みながら考えました。

    答えよりも、自分の問い

    答えを早く知ることは大事です。
    しかし、それ以上に大事なのは、

    「自分は何を知りたいのか」
    「なぜ、それが気になるのか」
    「本当にそれでいいのか」

    と、自分に問いかけることだと思います。

    子どもは、いつも「なんで?」「どうして?」と聞きます。
    あれは、ただの質問ではなく、世界を知ろうとする力なのだと思います。
    そして、その問いを通して、自分自身にも出会っていく。

    「わかったつもり」が一番こわい

    大人になると、経験が増えます。
    知っていることも増えます。
    その反面、「わかったつもり」になってしまうこともあります。

    私はここが一番怖いと思いました。

    知っているつもり。
    見えているつもり。
    考えているつもり。

    でも本当は、ただ流れてくる情報を受け取っているだけかもしれない。
    誰かの考えを、自分の考えのように思っているだけかもしれない。

    この本は、そこに静かにブレーキをかけてくれる本でした。

    違和感は、自分の本心への入口

    「あれ?」と思ったことを、そのまま流さない。
    小さな違和感を大切にする。
    なぜそう思ったのかを、少し立ち止まって考える。

    その中に、自分でも気づいていなかった本心があるのだと思います。

    今の社会は、とにかく速いです。
    情報も速い。
    仕事も速い。
    評価も速い。
    何もかもが、前へ前へと進んでいきます。

    でも、人間の心や体は、そんなに速くできていないようにも感じます。
    自然には自然のリズムがあるように、人間にも人間のリズムがあります。

    自分の時間を取り戻す

    そのリズムを忘れて、ただ社会の速さに合わせていると、自分の時間を生きているのか、誰かの時間を生きているのか、わからなくなってしまいます。

    だからこそ、問うことが必要なのだと思います。

    「これは本当に必要なのか」
    「私は何を大切にしたいのか」
    「この先に、どんな未来をつくりたいのか」

    そう問いかけることで、流されていた時間に、少し句読点を打つことができます。
    立ち止まることができます。
    自分の時間を取り戻すことができます。

    読書は、自分との対話

    私は読書が好きです。
    本を読む時間は、ただ知識を増やす時間ではありません。
    著者の言葉を借りながら、自分の心と話をする時間でもあります。

    なぜ、この言葉に立ち止まったのか。
    なぜ、この一文が胸に残ったのか。
    なぜ、少し苦しく感じたのか。

    そう考えると、本は答えをくれるものではなく、問いを育ててくれるものなのだと思います。

    仕事にも、問いが必要

    問いは仕事にも人生にも必要です。

    会社を続けていくにも、ただ目の前の仕事をこなすだけではなく、

    「これから何が必要とされるのか」
    「お客様はまだ言葉にできていない何を求めているのか」
    「私たちはどんな会社になりたいのか」

    と問い続けることが大切です。

    制約があるからできない、ではなく、
    制約があるから考える。

    人手が足りないから工夫する。
    お金が限られているから知恵を出す。
    時代が変わるから、新しい形を探す。

    そう考えると、制約もまた問いを生むきっかけになります。

    問いを持つ人でありたい

    この本を読んで、私は「答えを急ぎすぎない人」でありたいと思いました。
    すぐに正解を求めるのではなく、自分の中に問いを持ち続ける人でありたい。

    わかったつもりにならない。
    違和感を大切にする。
    本を読み、人と会い、知らない場所へ行き、自分の見方を少しずつ変えていく。

    問うことは、迷うことではありません。
    自分らしく生きるための力なのだと思います。

    これからの時代に必要な力

    これからの時代、ますます便利になります。
    AIもさらに進化します。
    情報ももっと増えていくでしょう。

    だからこそ、人間に必要なのは、答えを持つことだけではなく、問いを持つことだと思います。

    問いを持つことで、自分の心の声に気づく。
    問いを持つことで、社会の流れに流されすぎない。
    問いを持つことで、まだ見えていない未来に手を伸ばす。

    この本は、そんな大切なことを思い出させてくれました。

    答えを探す前に、まず自分の中の問いを大切にしたい。
    そう感じた一冊でした。

  • 道ばたの草に願いを込めて | 2026.06.04

    五十嵐工業の「栞プロジェクト」

    近頃の製品は、どれも驚くほどきれいに整っています。
    もちろん、それは素晴らしいことです。けれど一方で、あまりに完璧なものに囲まれていると、どこか少し窮屈さを感じることもあります。

    だからこそ当社では、少し武骨で、少し不揃いで、手のぬくもりが感じられるものにも価値があると考えています。
    そんな思いから生まれたのが、道ばたの草花を押し花にして栞にする、**「栞プロジェクト」**です。

    この取り組みのきっかけは、雑草に関する本を読んだことでした。
    それまで何気なく見過ごしていた草にも、それぞれ名前があり、居場所があり、生きるための知恵がある。そう気づいてから、道ばたの草がただの草ではなく、一つひとつ意味を持った存在に見えてくるようになりました。

    そこで、見つけた草花を自分の手で残してみたいと思い、押し花にして栞として仕上げることにしました。
    土台には越前和紙を選び、現地まで足を運んで購入しました。さらに、和紙はまっすぐ切るのではなく、濡らしてちぎることで、自然な毛羽立ちとやわらかな表情を残しています。整いすぎない風合いが、野の草の素朴さによく似合うと感じたからです。

    このプロジェクトの中でも、とくに印象深いのが四葉や五つ葉のクローバーです。
    同じように摘んで押し花にしても、若い緑のまま残るものもあれば、やわらかな黄色に変わっていくものもあります。
    若い緑には、これから始まる幸せ。
    やわらかな黄色には、静かにしみこんでいく幸せ。
    そんな思いを重ねながら、一枚一枚を仕上げています。

    四葉は小さな幸運、五つ葉はもうひとつ先の願い。
    この栞には、ただ植物を閉じ込めるだけでなく、「幸せになってほしい」という気持ちを込めています。

    五十嵐工業は、金属製品を通じてお客様の暮らしや空間づくりに関わる会社です。
    製品をお届けして終わりではなく、その先で使ってくださる方の毎日が、少しでも豊かで、心地よく、幸せなものであってほしい。
    そんな願いをかたちにしたくて、この栞を請求書などにそっと挟んでお届けしていこうと考えています。

    手間をかけてつくるものには、気持ちが宿ります。
    少し不揃いでも、少し武骨でも、そこにしかないあたたかさがあります。
    それは当社のものづくりにも、どこか通じるものかもしれません。

    道ばたの草花が、小さな栞になる。
    その小さな一枚が、ご縁への感謝と、幸せへの願いを届けるものになればうれしく思います。

    これからも五十嵐工業は、製品だけでなく、気持ちも一緒に届けられる会社でありたいと考えています。

    プロジェクトの成り立ちや思いは、noteにまとめました。
    ぜひご覧ください。
    https://note.com/toshihiko54/n/n32b5a66ddc76?app_launch=false

  • 「おしゃれですね」と言われた70歳シールの正体 | 2026.06.04

    2026年5月18日、私は古希(70歳)を迎えました。

    近年、高齢ドライバーによる交通事故が社会問題として取り上げられる機会が増えています。

    一方で地方では、車は単なる移動手段ではありません。

    通勤、買い物、通院、そして仕事。

    生活そのものを支える大切な足です。

    私自身も全国各地へ写真撮影や仕事で出掛けるため、車は今も大切な相棒です。

    しかし正直に言えば、若い頃と同じではありません。

    以前より慎重になる。

    速度も少し落ちる。

    バックモニターや俯瞰モニターが無いと不安を感じる。

    70歳になった今、ようやく認めます。

    「私は若い頃より確実に運転が下手になった」

    ということを。

    だからこそ、

    「まだ大丈夫」

    と思い続けるより、

    自分の変化を認めることが安全運転の第一歩ではないかと思っています。

    そこで今回、シルバーマークについて考えました。

    多くの人は、

    「まだ貼りたくない」

    「年寄り扱いされたくない」

    と感じるかもしれません。

    しかし私は、

    シルバーマークを嫌々貼るのではなく、

    「ここまで無事に走ってきた人生を祝う一輪の花」

    として表現できないだろうかと考えました。

    ChatGPTとの対話を重ねながらデザインを検討し、

    前面には茎とゴールドリボン、

    後面には

    「見守られてきた人生、これからも」

    という言葉を添えました。

    貼付後、ガソリンスタンドで若いスタッフさんから頂いた第一声は、

    「わぁ、おしゃれですね」

    でした。

    こちらは高齢ドライバーであることを伝えるつもりだったのに、

    返ってきた言葉は「おしゃれ」。

    少し驚き、少し嬉しくなりました。

    もしかすると、

    人は老いそのものを嫌うのではなく、

    老いを隠そうとする空気を嫌うのかもしれません。

    堂々と受け入れ、

    少し遊び心を加えることで、

    世代を超えた共感が生まれる。

    そんな可能性を感じました。

    五十嵐工業は建築会社です。

    しかし建築も、安全な暮らしを支える仕事です。

    高齢化が進む社会の中で、

    建物だけでなく、

    移動や生活の安全についても考えることが必要だと思っています。

    今回の取り組みは小さな実験です。

    高齢者自身が運転能力の変化を認め、

    周囲も少し思いやりを持つ。

    そんな社会への小さな提案でもあります。

    詳しい制作経緯は、私のnoteにまとめています。

    ▼note記事
    「おしゃれですね」と言われた70歳シールの正体

    https://note.com/toshihiko54/n/n19d63f274793

    高齢になったら、恥ずかしく面白いことを探す。

    今回の70歳シールは、その第一歩だったのかもしれません。

  • 正解を探す時代に、自分の感想を持つということ | 2026.06.03

    三宅香帆さんの『考察する若者たち』を読んで、これは単なる若者論ではないと感じました。

    若い人たちが今、何を面白がり、何に不安を感じ、どんな形で「報われたい」と思っているのか。
    その奥にある時代の空気を、かなり鋭く見つめた本だと思いました。

    そして読み進めるうちに、これは若者だけの話ではなく、私自身のことでもあると感じました。

    AIを使い、SNSを使い、noteを書き、写真を撮り、本を読み、会社経営をしながら時代の変化を見ている自分にも、この本の問いは深く刺さりました。


    批評から考察へ、正解を探す時代

    この本で一番印象に残ったのは、「批評」から「考察」へという変化です。

    昭和や平成のエンタメは、作品を自分なりに読み解き、語り合う「批評」の対象だったように思います。

    そこには、正解があるようでない。
    人によって見方が違う。
    だからこそ面白い。

    ところが令和の若者は、映画や漫画、アニメの中に隠された意味や伏線を読み解き、「作者が用意した正解」にたどり着きたいという感覚が強いのだと、この本では語られています。

    批評は、自分の解釈を持つこと。
    考察は、作者が仕掛けた謎の答えを探すこと。

    この違いは、とても大きいと思いました。

    今の時代は、正解が見えにくい時代です。
    頑張れば報われるとも限らない。
    人間関係も複雑で、正しいと思ってしたことが、相手を傷つけることもある。
    情報は多いのに、何を信じていいかわからない。

    だからこそ、せめて物語の中では、答えにたどり着きたい。
    伏線を回収したい。
    作者の意図を当てたい。
    そして「わかった」という感覚で報われたい。

    この気持ちは、私にもよくわかります。


    「報われたい」という感覚は、若者だけのものではない

    この本を読んで強く感じたのは、若者は決して軽い気持ちでエンタメを消費しているのではないということです。

    むしろ、ひとつひとつの体験に意味を求めている。

    美術館に行っても、作品をじっと見るだけではなく、スマートフォンで撮影する。
    それは単にSNSに上げたいからではなく、その時間を「意味のある時間」として残したいからなのだと思います。

    「私はここに来た」
    「私はこれを見た」
    「私はこの時間を無駄にしなかった」

    そんな実感を、写真や記録によって確かめているのかもしれません。

    これは、私自身の写真にも通じるところがあります。

    私も旅先で写真を撮ります。
    ただ綺麗なものを記録しているだけではありません。

    その時、自分が何に心を動かされたのか。
    なぜその風景に立ち止まったのか。
    そこに自分の時間を残しているのだと思います。

    若者がスマホで撮ることを、軽く見ることはできない。
    そこには、その時代なりの「生きた証」のようなものがあるのだと思いました。


    「萌え」から「推し」へ、好きが行動に変わった

    平成の「萌え」と、令和の「推し」の違いも、とても面白く読みました。

    「萌え」は、対象を好きになる感情に近い。
    自分の中に湧いてくる、少し本能的な好きという感覚。

    一方で「推し」は、ただ好きなだけではありません。
    応援したい。
    支えたい。
    もっと上に行ってほしい。
    自分もその成長に関わっている感覚を持ちたい。

    つまり「推し」は、感情であると同時に行動なのだと思います。

    これは、現代の若者が自分のアイデンティティを作る方法にもなっているのでしょう。

    「私はこの人を推している」
    「私はこの作品を応援している」

    そう言うことで、自分が何者かを表現する。

    昔であれば、趣味はもう少し内側にあるものだったかもしれません。
    しかし今は、好きなものを表明することが、自分を表明することにもなっている。

    これは会社経営にも通じると感じました。

    今のお客様は、ただ商品を買うだけではありません。
    その会社の姿勢、考え方、未来への取り組みに共感する。
    ある意味で、会社や商品も「推される」存在にならなければならないのだと思います。

    五十嵐工業としても、ただカーポートを作るだけではなく、未来の暮らしをどう楽しくするか、どんな空間を提案するかを発信していく必要がある。
    この本を読みながら、そんなことも考えました。


    転生ものに見る、努力への諦めと希望

    転生ものアニメの話も印象的でした。

    若者は努力を否定しているわけではない。
    むしろ、努力の価値はよくわかっている。

    しかし、努力すれば未来が開けるとは思っていない。

    ここに、今の時代の切実さがあると思いました。

    努力が足りないからできないのではない。
    そもそも自分には、努力に耐えるだけの能力や環境や資質がないのではないか。

    そう思ってしまう。

    だから、転生ものでは「別の能力を持った自分」としてやり直す。
    違う世界で、違うスペックで、もう一度スタートする。

    これは単なる現実逃避ではなく、「報われる可能性のある場所に立ちたい」という願いなのだと思います。

    私はこの部分を読んで、今の若者の自己肯定感の低さというより、社会全体の閉塞感を感じました。

    昔は、多少乱暴でも「頑張ればなんとかなる」と言えた時代があったのかもしれません。
    しかし今は、情報が多すぎて、失敗例も成功例も見えすぎる。

    自分より才能のある人。
    自分より若く成功している人。
    自分より軽々と結果を出しているように見える人。

    そういう情報が毎日流れてくる中で、「自分も努力すればできる」と信じるのは、かえって難しいのかもしれません。

    だからこそ、若者が最初から諦めているように見えても、それを責めることはできないと思いました。


    アルゴリズムが欲しいものを教えてくれる時代

    もう一つ考えさせられたのは、アルゴリズムとプラットフォームの話です。

    今は、自分で探す前に、向こうからおすすめが来ます。

    Amazonを見れば本がすすめられる。
    YouTubeを見れば次の動画が流れる。
    SNSを開けば、自分が好きそうな情報がどんどん出てくる。

    とても便利です。

    しかし便利であるほど、自分が本当に選んでいるのかがわからなくなります。

    自分で欲しいと思ったのか。
    それとも、欲しいと思わされているのか。

    この違いは大きいと思います。

    私も日常的にAIを使っています。
    調べものもする。
    文章も整える。
    アイデアも出してもらう。
    とてもありがたい存在です。

    しかし、AIが出してくれる答えは、どうしても整いすぎていることがあります。
    きれいで、わかりやすくて、間違いが少ない。

    でも、人間の考えは本来、もっと荒削りです。
    迷いもある。
    間違いもある。
    言葉にならない感情もある。

    その荒削りな部分を持ち続けなければ、自分の考えまでアルゴリズムに整えられてしまうのではないか。
    そんな危うさも感じました。


    本屋は、偶然に出会う場所

    この本で、書店の価値について触れられていたところにも深く共感しました。

    ネットでは、どうしても自分に近いものがすすめられます。
    読みやすそうな本。
    関心がありそうな本。
    過去の自分に似た本。

    しかし本屋に行くと、まったく違う棚が目に入ります。

    自分では検索しないジャンル。
    今まで関心がなかったテーマ。
    題名だけで気になる本。
    なぜか手に取ってしまう本。

    こういう偶然の出会いは、プラットフォームのおすすめではなかなか起こりません。

    私は本を読むことが好きですが、読む前からすべて目的が決まっているわけではありません。
    むしろ、目的なく本棚を眺めている時間の中で、自分の中にまだ名前のついていない興味が見つかることがあります。

    本屋は、買う場所である前に、自分の興味を発見する場所なのだと思います。

    そしてこれは、人生にも経営にも大事なことだと思いました。

    効率だけを求めると、偶然は減っていく。
    最適化だけを求めると、余白がなくなる。
    けれども、新しい発想は、たいてい余白や偶然から生まれる。

    本屋という場所は、AI時代だからこそ、ますます意味を持つのかもしれません。


    友達より母親へ、そしてAIへ

    若者の相談相手の変化も印象的でした。

    かつては、悩みや心配事を友達に相談する割合が高かった。
    しかし今は、その割合が低くなり、母親に相談する割合が高くなっている。

    友達関係はフラットです。
    だからこそ気楽な面もありますが、意見が対立すると関係が壊れやすい。
    一方で、親子関係にはある種のヒエラルキーがあります。

    親の言葉には、正しさのようなものがある。
    少なくとも、迷った時に頼れるものとして機能する。

    この構造は、AIとの関係にも似ていると本では語られています。

    ChatGPTのようなAIは、こちらが質問すれば、整った答えを返してくれます。
    否定しすぎない。
    怒らない。
    すぐに答えてくれる。
    しかも、それらしい正解を提示してくれる。

    まるで疑似親のような存在です。

    私もAIを使っているので、この感覚はよくわかります。

    AIはとても頼りになります。
    しかし、頼りになるからこそ、自分で迷う力を失ってはいけないとも思います。

    答えをもらうことと、考えることは違う。
    整った文章を得ることと、自分の感情を見つけることも違う。

    AI時代には、むしろ人間の側に「問いを持つ力」が必要になるのだと思います。


    若者は弱くなったのではなく、時代に敏感なのだと思う

    この本を読んで、若者に対する見方が少し変わりました。

    若者は弱くなったのではない。
    甘えているのでもない。
    むしろ、今の時代の不安定さを、私たちより敏感に受け取っているのだと思います。

    正しさはすぐに変わる。
    努力は必ず報われるわけではない。
    人間関係は壊れやすい。
    情報は多すぎる。
    おすすめは便利だが、自分の欲求まで作られてしまう。

    その中で、少しでも報われたい。
    意味のある時間を過ごしたい。
    正解に近づきたい。
    応援することで自分も生きる意味を感じたい。

    これは若者だけの感覚ではなく、現代を生きる多くの人に共通するものだと思います。


    自分の感想を持つことは、最後の自由かもしれない

    私は本を読んで、こうして感想を書くことを続けています。

    それは、自分の考えを残すためでもあります。
    同時に、自分が何に心を動かされたのかを確かめるためでもあります。

    AIに文章を整えてもらうことはできます。
    要約してもらうこともできます。
    タイトルを考えてもらうこともできます。

    しかし、最初に「ここが気になった」と感じるのは自分です。

    違和感を持つのも自分。
    引っかかるのも自分。
    読みながら過去の経験とつながるのも自分。
    会社経営や写真や家族のことに引き寄せて考えるのも自分。

    そこにこそ、私の読書の意味があるのだと思います。

    正解を早く探す時代だからこそ、自分の感想を持つことが大事になる。
    きれいに整った答えよりも、少し荒削りな自分の言葉を大切にしたい。

    この本を読んで、そんなことを強く感じました。

    若者の考察文化を通して見えてきたのは、令和のエンタメ消費だけではありません。
    正解を求めすぎる時代に、人間がどう自分の感覚を取り戻すのかという、大きな問いでした。

    私もこれから、AIを使いながらも、AIに考えを預けすぎないようにしたい。
    本屋で偶然に出会い、写真で自分の時間を残し、本を読んで自分の言葉を探す。

    それが、情報に流されずに生きるための、小さくても大事な抵抗なのかもしれません。

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